人事の仕事のなかでも取り扱いが難しい、従業員の健康に関わる労務管理。なかでも頭を悩ませやすいのが「産業医の選び方」です。初めて選任を行う人事担当者にとっては、「何に注意して産業医を探せばよいのか」「産業医はどのような仕事を行うのか」など、わからない点が多いでしょう。一方で、現状の体制にやりづらさを感じ、産業医の変更や補充を検討している企業も、自社の課題に合わせた適任者を選ぶ必要があります。本記事では、自社に適した産業医を選任したいと検討している人事担当者に向けて、法定業務だけでなく実務として必要な産業医の仕事内容や、企業において重要性が増している産業医の役割などを詳しく解説します。あわせて、産業医の探し方や人事が産業医と連携すべき健康管理業務も紹介しています。産業医の選任に役立つ内容のため、ぜひ参考にしてください。なお、効率的で安全な健康管理や、生産性の向上に向けた産業医の選任・活用には、産業保健の有識者による産業医紹介サービスの活用が有効です。産業医とは健康に働ける環境をつくる人産業医とは、労働者が安全に健康に働ける職場環境をつくるために、事業者(会社や経営者)に対して健康管理上のアドバイスを行う人です。医師免許を持っているだけではなく、産業保健に関する専門知識を有するために、以下の条件を満たす必要があります。1.労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識についての研修であって厚生労働大臣の指定する者(法人に限る。)が行うものを修了した者2.産業医の養成等を行うことを目的とする医学の正規の課程を設置している産業医科大学その他の大学であって厚生労働大臣が指定するものにおいて当該課程を修めて卒業した者であって、その大学が行う実習を履修したもの3.労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生であるもの4.学校教育法による大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授又は講師(常勤勤務する者に限る。)の職にあるか、又はあった者5.前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者労働安全衛生規則第14条第2項2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行され、労働安全衛生法についても法改正が行われました。これにより、産業医の事業所における権限がいっそう強化されています。改正前の「労働者の健康維持のために、必要に応じて事業主への勧告を行うことができる」という権限に加えて、改正後は「産業医が労働者の健康管理を行うために必要な情報について、事業者は提供する義務がある」と強化されました。他にも、健康相談の体制整備や健康情報の適正な取り扱いが求められるようになるなど、産業医の役割の重要性がより高まっています。参考:事業主・産業医・その他産業保健関係者の皆様へ|厚生労働省産業医は常時50人以上の労働者を雇う場合に必要産業医を選任すべきかどうかは、事業所の規模により異なります。常時使用する労働者の数が50人以上となった場合、14日以内に産業医を選任し遅滞なく所轄労働基準監督署長に届けなくてはなりません(労働安全衛生法第13条、労働安全衛生規則13条、労働安全衛生法施行令第5条)。「産業医に欠員が出た」「契約更新の時期が来たので、別の産業医を雇うことにした」という場合も、同じく14日以内に選任と労働基準監督署への届出を遅滞なく行う必要があります。また、事業場の労働者の数によって、選任すべき産業医の数が異なることにも注意しましょう。事業場で働く労働者数が「50人未満」の場合、産業医の選任義務はありません。「50人以上3000人以下」の場合は産業医を1人選任する必要があります。3001人以上の大規模な事業場の場合、2人の産業医を設置しなくてはなりません。なお、産業医の未選任には罰則が設けられていることに注意が必要です。事業場の規模が50人以上であるのに産業医を選任しなかった場合、「50万円以下の罰金」となります(労働安全衛生法第120条)。企業における産業医の役割企業の産業保健の取り組みには、従業員の健康を守ることによって生産性の向上や人材確保を目指し、企業価値を高めるという意義があります。多様な仕事や働き方が広まる近年、人材を資本ととらえ、その価値の最大化で企業価値向上を目指す「人的資本経営」に注目が集まっており、従業員の健康管理の重要性はますます高まっています。また、健康経営の実現のためには、かつて企業に求められていた法定業務にとどまらず、働きやすさや働きがい向上の観点からも産業医を積極的に活用していくことが重要です。本章では、企業における産業医の役割とその変化について詳しく解説します。1.健康管理における法令遵守産業医の根幹的な役割として、労働安全衛生法に基づいた法定業務および安全配慮義務を満たし、従業員の健康管理を適切に行うことが求められます。具体的には、健康診断の実施とその結果に基づく措置や長時間労働者に対する面接指導などを行う必要があります。健康管理に関する法令は、働き方や社会背景の変化にともない改正されるため、産業医の業務内容も適宜更新する必要があります。例えば、2015年から従業員50人以上の事業所で年1回のストレスチェックが義務化されていますが、厚生労働省は2024年10月、従業員50人未満の小規模事業所に対しても同様にストレスチェックを義務づける方針を発表しました。また、2019年からは健康情報等取扱規程の策定が義務化され、企業における健康情報の取り扱いにより確実な管理や配慮が求められるようになっています。法令遵守の徹底のためには、人事や保健師と適切に連携して、対応漏れのない産業保健体制を整えることが重要です。2.生産性の向上健康管理の指導役である産業医には、従来の法定業務に加え、従業員の健康問題の解決と働きやすさをサポートし、企業の生産性向上に寄与する視点が必要とされています。近年ではメンタルヘルス不調者への対応の強化に加え、高年齢労働者や女性就業者の増加に対する健康問題への対応、病気の治療と仕事の両立支援など、職場における健康課題は多様化かつ深刻化しています。そのため、産業保健の効果向上には、職場環境の改善や休復職制度の整備といった、健康経営を見据えた体制構築に対しても専門的な知見を発揮するなど、自社の健康課題に柔軟に対応できる産業医を探すことが重要です。参考:産業保健に関する現状と課題|厚生労働省3.変化した産業医に求められる役割企業に求められる健康管理の役割は、「法令遵守」だけでなく「働きやすさ・働きがいの向上」へと拡大しています。産業医は、健康管理を通じて企業の生産性を改善する立場へと変化しているのです。【2000年代】2000年代の企業が抱える健康課題は、主に従業員の過重労働でした。産業医は労働安全衛生法に基づいた法定業務が中心に対応し、2006年4月1日の労働安全衛生法の改正により、次の業務が義務化されました。▼2000年代の法改正による法定業務の一例健康診断の就業判定(労働安全衛生法 第66条の4)長時間労働者との面談(労働安全衛生法 第66条の8、第66条の9、第104条)【2010年代】2010年代に入ると、企業は従業員のメンタルヘルス不調者の増加にともなう対応が課題となりました。2019年4月1日施行の「働き方改革関連法」にともない、産業医権限が強化されたのです。この施行により、産業医は事業者に対して、労働者の健康管理に必要な情報の収集や、措置の助言・勧告などが行えるようになりました。また、法定業務に加えて、以下の業務も加わりました。▼2010年代の法改正による法定業務の一例ストレスチェックの実施(労働安全衛生法 第66条の10)※2014年6月に労働安全衛生法が改正し、2025年12月より施行ストレスチェックにともなう高ストレス者への対応(労働安全衛生法第66条の10の3)【2020年代】現在では、少子高齢化にともなう労働者人口の減少や、休職・離職者の増加による生産性の損失が企業の課題として加わっています。こうした状況のなか、現代の産業医は次のような業務が求められるようになりました。▼2020年代の産業医に求められる業務の一例シニア人材の活用に向けた健康管理体制の整備女性活躍推進にともなう健康サポートの強化病気の治療と仕事の両立支援 などこのような時代の変化を受け、産業医の役割も「企業視点を持った健康管理体制の構築」へと幅を広げているのです。休復職の運用フローの整備や複数事業場の統括管理、事業拡大に向けたリスクヘッジなどにおいても知見を発揮できる人材が求められています。したがって、現在の産業医には企業の経営課題に対し、産業保健からのアプローチで施策を提案・実施できるスキルも必要とされています。法令に基づく業務内容産業医の仕事内容については、「労働安全衛生規則第14条第1項」に記されています。このままではわかりにくいので、実際に人事から産業医に対して依頼する業務の内容に置き換えて詳細を確認していきましょう。まずは、法令に基づく業務内容を5つ解説します。1.健康診断とその結果に基づく措置常時50人以上の労働者が在籍する事業場は、労働者に対して健康診断を実施する義務があります。健康診断の種類は複数あり、検査項目がそれぞれ異なります。労働安全衛生法により定められている一般健康診断の種類は以下のとおりです。雇入時の健康診断定期健康診断特定業務従事者の健康診断海外派遣労働者の健康診断給食従業員の検便健康診断は、受診させるだけでなく、その結果をもとに産業医が「この人は業務に従事できる健康状態かどうか」を確認し、就業判定を行う必要があります。もし異常の所見が確認できた場合は、今の職務を継続できるのか、いったん休職の措置を取り治療に専念すべきなのかを判断し、事業主にアドバイスを行います。また、労働者の健康診断結果やヒアリングの結果、医療機関の受診を推奨することもありますが、疾病の診断や治療は行いません。労働者にとって働きやすい環境を作り出すために、産業医との連携が非常に重要です。健康診断の種類については以下の記事で詳しく解説しています。【記事】会社の義務である3種類の健康診断。人事が最低限受けさせるべき検査項目とはまた健康診断の実施後に産業医がすべき業務の詳細はこちらで解説しています。【記事】健康診断実施後の義務。人事から産業医に依頼する3つの業務2.ストレスチェックの実施とその結果に基づく措置メンタルヘルス不調の予防のため、2015年に「ストレスチェック制度」が施行されました。労働者数が50人以上の事業場は、ストレスチェックの実施が義務付けられています。産業医はストレスチェックの実施者となるほか、高ストレス者に対して面接指導や結果に基づく措置を行います。面接指導は、高ストレス者と判断された労働者の申出により実施されるものです。ストレスチェックの結果と面接指導をふまえた上で、産業医が就業上の措置について事業者に意見を伝えます。そして、事業者は産業医の意見をもとに、労働時間の短縮や担当業務の変更、配置転換など、労働者のストレス緩和のために必要な措置を講じます。なお、ストレスチェックの実施者は必ずしも産業医でなければならないわけではありません。保健師や厚生労働大臣が定める研修を修了した者(看護師もしくは精神保健福祉士)でも、ストレスチェックを実施することは可能です。とはいえ、社内の状況を把握している産業医の方が相談しやすく、スムーズに面接指導を行えるでしょう。 3.長時間労働者への面接指導労働時間が「労働安全衛生規則第52条の2」で定める範囲を超える場合、 産業医は労働者に対して面接指導を行う必要があります。長時間労働は労災認定の要件に含まれることを理解し、産業医と連携しつつ労働者のフォローを行うことが大切です。2019年の働き方改革関連法の改正による過重労働についての解説はこちらです。【記事】過重労働の基準知ってますか?会社が義務違反にならないための対策4.職場巡視産業医は少なくとも毎月1回以上(条件付きで2ヵ月に1回以上も可能)を目安に、職場巡視を行う必要があります。職場巡視の目的としては、以下の2点が挙げられます。健康な労働者が体調を崩すことを防ぐすでに病気を抱えている労働者の体調悪化を防ぐ産業医は労働者の体調と職場の状況をチェックし、何らかの改善が必要であるかを確認します。もし業務内容や衛生状態に問題があると判断される場合、事業主への勧告といった産業医側からの働きかけが必要となります。産業医の職場巡視と頻度については、こちらの記事で詳しく解説しています。【記事】産業医が職場巡視でチェックする項目は?頻度を2ヶ月に1回に変更するルールも解説5.衛生委員会衛生委員会とは、労働災害を未然に防ぎ、労働者の健康・安全を守るために設置されるものです。産業医は衛生委員会の正式なメンバーに数えられ、職場環境や労働者の働き方について審議する際に、医学的な観点から助言を行います。事業場の安全衛生体制を整えるためにも、医学的な知識を持つ産業医の存在は欠かせません。産業医が衛生委員会で担う役割や、人事からの依頼内容についてはこちらで解説します。【記事】産業医の安全衛生委員会で役割とは? とりあえずいればOK?人事が求める業務内容企業の適切な人材活用を支援する健康管理業務として、人事が産業医に求める業務内容を4つ解説します。法令に基づく業務以外にも、企業の中長期的な成長に向けた健康管理のための専門的なアプローチが必要です。1.休復職従業員の休復職に対し、産業医面談を通じて意見や判断を行うことは、産業医の重要な業務の一つです。従業員が主治医からの診断書を提出して休復職を申し出た場合、産業医が面談し、健康状態を確認して休復職が適当かどうか判断します。企業は、主治医の意見だけでなく、従業員の健康データや企業内での状況を把握した上で医学的な判断ができる産業医の意見を参考に、休復職の最終判断を行う必要があるためです。休職において産業医は、主治医の診断書をもとに本人の現在の症状や治療状況を確認し、休職の必要性や休職期間について判断します。また、休職中の健康管理や生活の過ごし方について産業医の目線から指導を行い、スムーズな復職を目指します。復職においても同様です。面談で本人の健康状態や業務遂行能力が回復しているか判断し、復職が可能かどうかについて意見を述べます。また、復職後も定期的な面談を行い、健康状態を把握します。そのなかで、業務において配慮すべき点や懸念事項があれば、本人や人事に向けて意見や指導を行うのです。下記の記事では、休職・復職の流れや対応など、基礎知識を詳しく解説しています。【記事】休職・復職の基礎知識。休職から復職の流れや、対応についてご紹介2.健康教育労働安全衛生法第69条において、「事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない」と定められています。この規定に基づき、企業は産業医に医学的な立場から、従業員の健康保持・増進や職場環境の改善について指導を求めることが可能です。例えば、以下のような健康教育を通じて、社内のヘルスリテラシー向上を図ることができます。▼健康教育の例生活習慣病予防のための運動や栄養の指導メンタルヘルス研修女性の健康推進やがん予防・早期発見などのセミナーや情報発信 など社内の健康課題解決のために、産業医の専門的な知見を得ながら現状把握と課題の特定を行い、効果的な健康教育を実施することが望まれます。3.治療と仕事の両立支援治療技術の進歩により、がんは「不治の病」から「長く付き合う病気」になったと言えます。高齢者の就業率も上昇している近年では、働く人ががんなどに罹患した際、治療に専念する形ではなく、病気を抱えながら働き続けるケースが増加しています。そこで問題となるのが、従業員の治療と仕事をどう両立させるかという問題です。企業は、人材の確保や働きがいの創出の観点から、従業員が治療を行いつつ、継続して働ける環境を整える必要があります。そこで、従業員の治療と仕事の両立に関し、産業医の意見を取り入れることが有効です。働きながら治療が必要となるケースでは、本人や周囲の人が就業可否を判断するよりも、医学の専門家で、かつ中立的な立場である産業医から意見をもらうのが最適です。治療と仕事の両立支援を産業医と連携して行い、従業員の健康に配慮した措置を講じることは、労働力の確保に加え、従業員のモチベーションや生産性の向上にもつながります。参考:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン|厚生労働省 4.健康経営健康経営の取り組みには、医学的な知見を持ち、企業の状況を把握している産業医との連携が有効です。健康経営とは、従業員の健康管理を経営課題としてとらえ、生産性の向上や組織の活性化に向けて、従業員の健康への投資を戦略的に行う経営のことです。健康経営の実現には、従業員の身体的健康やメンタルヘルスのサポート、職場改善や組織的な健康施策の実施など、幅広い取り組みが求められます。ここで、産業医の役割が重要と言えます。産業医は、面談や就業判断といった健康問題に加えて、健康経営に関わる施策の法令対応や安全衛生上のリスク管理の確認などの役割も担っているためです。産業医と効果的に連携し、健康経営を実践することで、従業員の健康状態が改善され、生産性の向上や定着率の向上、エンゲージメントの向上が期待されます。さらに、企業イメージ向上や医療費の削減にもつながります。下記の記事では、健康経営の意味や目的、取り組むメリットなど、企業の健康経営推進を始めるにあたって必要な情報を詳しく解説しています。【記事】【初心者向け】健康経営とは?始める前に押さえておきたい基本情報まとめ産業医と主治医(臨床医)との違い産業医と主治医(臨床医)は混同しやすいものですが、実際の業務はまったく異なります。主な違いは、下図をご参照ください。産業医主治医勤務場所 事業場内(多くは非常勤の嘱託産業医) 病院・クリニック 業務内容 健康管理のための面接指導、就労可否・休職復職の判定疾病の診断・治療疾病の診断・治療 行わない(医療機関を紹介)行う事業主への勧告権あり(業務内容の改善を勧告できる)なし契約相手事業場との業務委託契約または雇用契約患者個人との契約産業医は、事業主である企業との契約において従業員の健康管理や休復職の判断などを行いますが、個人の疾病の診断や治療は行いません。一方、主治医の契約の対象は患者であり、個人に対して検査、診断、治療を行います。ただし、患者の職場や業務内容に関しての情報がないため、産業医のように「働けるかどうか」を判断するのではなく、あくまで「日常生活が送れるかどうか」を基準に診断します。そのため企業側は、従業員の健康状態を把握・管理し、休復職の最終判断などを行うために、産業医と主治医の業務範囲の違いを理解しておく必要があります。産業医と主治医の違いについては、下記の記事でより詳しく解説していますのでぜひ参考にしてください。【記事】えっ? 産業医って治療してくれないの? 産業医と主治医の違いについて産業医は委託でもいい?産業医には、嘱託産業医(非常勤)と専属産業医(常勤)の2種類存在します。ただし、どちらを選んでもよいわけではなく、事業場の労働者数によって選任すべき産業医の種類が決まります。嘱託産業医とは常時使用する労働者が50人以上999人以下の場合、嘱託産業医を選任可能です。ただし「安全衛生規則第13条第1項第3号」で提示されている有害業務を行う労働者が常時500人以上いる場合、嘱託産業医ではなく専属産業医を選任しなくてはなりません。専属産業医とは常時使用する労働者が1000人以上となる場合、専属産業医を選任します。3001人以上の場合は2人の選任が必要です。産業医の探し方自社に合った産業医は実際にどのように探せばよいか、また何を基準に選べばよいのでしょうか。まず、産業医を探す前に確認しておきたいのは、「自社が産業医に何を求めるのか」という点です。拠点の地域、産業医報酬の予算、産業医に求めるスキルなど、自社における産業医の条件や健康管理業務をより効率的に行うためのニーズを明らかにしておきましょう。産業医の探し方としては、6つのルートがあります。それぞれのメリットとデメリットを下図にまとめました。ルートメリットデメリット紹介会社・産業医の登録が多く、希望に合った産業医を探しやすい・Web上でスムーズにやり取りができる・ミスマッチの場合にリプレイスしやすい・紹介会社やサービスの数が多いため選びにくい・手数料がかかる医師会・地域密着型で、地方でも産業医を探しやすい・健康診断を兼ねるケースも多い・契約は産業医と直接結ぶ必要があるため、手続きに手間がかかる・別の地域での拠点でも産業医を選任する場合、異なる医師会で探す必要がある健康保険組合/健診センター・健診業務とワンパッケージでの紹介が可能・健診後のフォローアップなどを一貫して行える・産業医報酬が比較的低い・産業医のリプレイスや条件交渉がしにくい・健診業務の繁忙期は産業医面談や休職者対応などへの柔軟な対応が難しい場合がある個人産業医事務所・産業医を専門とする医師が多いので、産業保健における高いスキルが期待できる・産業医報酬が比較的高い・所属産業医が少ないなど、スケジュールが組みにくい場合がある自社の人脈の活用/知り合いからの紹介・信頼度が高い・条件交渉が行いやすい・紹介者との関係性があるため、リプレイスがしにくい・専門領域が一致しない場合がある地域産業保健センター・従業員50人未満の事業場は無料で産業保健サービスを受けられる・小規模事業場しか利用できない・利用回数や人数が制限されている場合がある・利用ごとに担当する産業医が変わる可能性がある産業医をどのルートで探すかによって、アプローチのしやすさ、在籍する医師の専門領域やスキル、報酬の傾向などが異なります。希望条件をしっかりと固めておけば、ミスマッチを最小限にとどめ、自社に適した産業医をスピーディーに見つけられるでしょう。自社に最適な産業医の選び方については、下記の記事で詳しく説明しています。【記事】優秀な産業医を選ぶための5つのステップ/自社にあった最適な産業医の選び方産業医を変更・補充すべきケースとは産業医を選任して以降、長年変更していない企業は少なくありません。中には「名義貸し」の状態や、自社の方向性に合わない産業医との関係が続いているケースもあります。法令上の義務として産業医を選任した後、見直しを行わないまま時が過ぎてしまうことが多いのが実情です。しかし近年、産業医の変更や補充を検討する企業が増えてきています。産業医の変更・補充を検討すべき代表的な3つのケースをご紹介します。ケース① メンタルヘルス不調者の増加事業場の従業員数が50名を超えて、費用重視で産業医を選任した企業が、組織の成長に伴いメンタルヘルス不調者の増加に直面するケースがあります。こういった状況で、産業医の時間数を増やすことや、メンタルヘルス対応ができる産業医への切り替えを検討するという例が多くあります。大企業では、既存の産業医に加えて、メンタルヘルス対応が得意な産業医を追加で選任するという対応も見られます。既存の産業医と対応範囲を棲み分けることで、従業員の心の健康管理をより専門的に行うことが可能になります。ケース② 従業員の高齢化に伴う健康リスクの増加会社の要となる管理職層やベテラン社員の年齢層が上がってくると、生活習慣病の発症リスクも高まります。また、現場業務がある企業では労災のリスクも増加します。従業員の高齢化が進む企業では、このような産業医への切り替えを検討するとよいでしょう。・生活習慣病対策:健康診断の事後措置や長時間労働管理などを適切に行い、人事へ健康管理や就業環境のアドバイスできる産業医・安全対策の強化:体力検査の実施や現場での労災防止を適切に推進できる産業医・治療継続のための両立支援:治療との両立を従業員と企業の中立な立場でアドバイスができる産業医ケース③ 健康経営の推進健康経営の取り組みの中で、組織の健康につ状態についてのアドバイスや健康教育の依頼など、産業医との連携が必要になるケースが多いです。また、健康経営を推進する中で、実は労働安全衛生法の対応が漏れていたと気づくケースも少なくありません。漏らしがちな法令対応は、健診実施後の就業判定や職場巡視などです。こういった場合では、健康経営や健康管理を適切に推進できる産業医への切り替えを検討します。産業保健をチームで進めることが重要産業保健体制は、産業医だけでなくチームで活動することが効果的です。従業員人数が1,000名以上の事業場では82.9%が、産業医だけでなく産業保健師・看護師を雇用または活用しています(令和2年度事業場における保健師・看護師の活動実態に関する調査報告書)。従業員人数の多い企業の場合、健康管理を効果的に進めるには、産業医、保健師、看護師、衛生管理者、人事労務など、様々な関係者がチームとして協力することが望ましいです。産業保健体制は、業種や事業場の特性により最適な体制が異なります。オフィスワーク中心の企業オフィスワーク中心の企業においては、メンタルヘルス対策や長時間労働対策が中心的な課題となります。ストレスチェックの実施とその結果に基づく適切な対応、労働時間管理の徹底、そして労働者が気軽に相談できる体制づくりが重要です。この場合、人事と産業医・保健師が連携し、メンタルヘルス支援体制や長時間労働者の適切な対応手順の確立が必要です。また、相談窓口としてEAPなどの外部支援サービスの導入も有効です。製造業など工場を持つ企業製造業や工場を持つ企業では、騒音、粉じん、化学物質など、特殊な健康リスクへの対応が必要となります。このような環境では、衛生工学衛生管理者の専門性が重要な役割を果たします。産業医、保健師と連携しながら、作業環境測定や特殊健康診断の結果を総合的に評価し、効果的な職場環境改善対策を講じることができます。また、労災防止対策、熱中症対策、高齢従業員の身体機能評価などを、管理監督者や作業責任者とともに進めていく必要があります。小売、飲食、サービス業など小さな事業場を多数かかえる企業小規模の拠点を多数かかえる企業では、各拠点に産業保健スタッフを配置することが課題となります。この場合、本社に統括部署を設置し、総括産業医や保健師を配置することで対応が可能です。統括部署のスタッフが各拠点を定期的に訪問し、現地の産業医や衛生管理者と密接に連携することで、全社的な方針に基づいた統一的な活動を展開できます。最近では、オンラインツールを活用し、本社の産業保健スタッフと各拠点の従業員は面談をすることも一般的になっています。また、健康管理システムを活用し、各地に散らばっている拠点の健康情報を本社で集約・閲覧できる環境整備も重要です。産業医面談が発生するタイミング産業医面談は、産業保健において重要な業務の一つです。すべての従業員に対して産業医面談を実施するわけではなく、なんらかの健康問題が生じている、または予兆がある対象者に行い、心身の健康状態に応じて適切な指導や受診勧告などの措置を講じます。産業医面談が発生するタイミングとしては、下記の3つがあげられます。労働安全衛生法で定められている産業医面談が必要となるタイミング健康問題が生じており会社として対応が必要な従業員がいる場合従業員本人が産業医面談を希望する場合それぞれ、具体的には以下のような状況で行われます。【1.労働安全衛生法で定められている産業医面談が必要となるタイミング】●健康診断結果に基づき、健康リスクの高い従業員がいる場合:面談基準は明確に定められていないものの、コンセンサス調査の結果をもとに面談対象となる検査項目と基準値を設けている企業が多いです。●ストレスチェックで高ストレス判定を受け、本人が面談を希望した場合:高ストレス判定の基準は会社ごとに決められます。厚生労働省が公開している計算方法は「数値基準に基づいて『高ストレス者』を選定する方法」にまとめられています。●長時間労働をしている従業員で、疲労が蓄積した本人が面談を希望した場合:法的な基準は時間外・休日労働時間は80時間超ですが、より厳しい基準を設けて対応する事業場もあります。【2.健康問題が生じており会社として対応が必要な従業員がいる場合】●従業員の休復職に際し就労の可否を判断するため:休職制度は法令による制定基準が設けられておらず、産業医面談の一律の実施基準はありません。一般的には厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に基づき、休復職の判断のために産業医面談を行います。●仕事と治療の両立支援が必要な従業員がいる場合:厚生労働省による「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」に基づき、休業措置や就業上の措置について、産業医の意見をふまえて検討することが望ましいです。【3.従業員本人が産業医面談を希望する場合】●従業員本人または会社が、なんらかの健康問題に関連して面談を希望した場合:従業員の健康問題への対策として産業医面談を実施する場合があります。社内のパワハラやセクハラといった労働環境に関しても、中立的な立場で話を聞くことができる産業医を有効活用しましょう。産業医面談の概要や詳しい実施基準、実務の流れなどについては、下記の記事をご参照ください。【記事】産業医面談とは?実務の流れや従業員からのよくある質問をわかりやすく解説適切な産業医選びで健康経営を効率的に実現働き方改革の推進や健康経営の取り組みの広がり、またメンタル不調者の増加など企業における健康課題の多様化・深刻化などにより、産業医の役割はますます大きくなっています。現代の産業医には、法令遵守に加えて、企業視点からの健康に働き続けられる職場作りと、効率的で安全な健康管理体制の整備などの役割も求められるようになっています。一方で、「自社に適したノウハウを持ち、的確な指導や柔軟な対応ができる産業医を見つけるのは難しい」と感じる人事担当者も多いのではないでしょうか。産業医の特性や探し方はさまざまですが、何より自社とのマッチングが重要です。健康経営の実現に向け、より効果の高い産業医の選任を行うために、専門サービスの活用もぜひご検討ください。