ラインケアとは、職場の上司などの管理監督者が、部下である労働者のメンタルヘルスケアを行うことです。日頃から部下の状況を知っている上司が行うのでストレスの原因を把握しやすい点がメリットです。メンタルヘルスケアにはいくつかの種類がありますが、その中でも最も重要と考えられているのがラインケアです。そこで本記事では、ラインケアがどのようなものなのか、その重要性やメリットを詳しく解説します。ラインケアを行う際のポイントや注意点にも触れているので、従業員のメンタルヘルスケアにお悩みの方はぜひ参考にしてください。ラインケアとは、管理監督者が行うメンタルヘルスケアのことラインケアとは、管理監督者(直属の上司)が部下に対して行う、コミュニケーションや改善措置のことです。事業者には、従業員の健康と安全を守る「安全配慮義務」が課されています。そのため、従業員と同じライン上にいる管理監督者を通じて、職場環境の把握や、従業員のメンタルヘルス不調や異変を把握することは労務管理として大切です。(労働者の安全への配慮) 第五条使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。e-gov 労働契約法厚生労働省は「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で、メンタルヘルス対策としてラインケアを含めた「4つのケア」を継続的に推進していくことを奨励しています。4つのケアとは、以下の4種類です。労働者本人によるセルフケア管理監督者によるラインケア事業場内の産業保健スタッフによるケア事業場外の専門家によるケア職場には、個人ではどうにもならないような問題がたくさんあります。たとえば、労働時間や業務の量、人間関係や各種ハラスメントなどが挙げられます。こうした問題への対策として欠かせないのが、ラインケアです。「令和2年 労働安全衛生調査(実態調査・個人調査)」によると、調査に回答した約半数が「仕事や職業生活に対して不安やストレスを感じている」結果が出ています。従業員の仕事のストレスは水面下で進行しやすいからこそ、管理監督者によるケアを行い、部下のストレスを減らしていくことが大切です。職場におけるラインケアの目的と重要性従業員のメンタルヘルス不調や、組織の機能不全を防ぐためには、ラインケアが欠かせません。メンタルヘルス対策は症状の軽い段階での早期発見・予防が重要になってきます。しかし、企業規模が大きくなればなるほど、従業員一人ひとりに目を配ることが難しくなり、従業員のメンタルヘルス不調を見逃すリスクが高まっていきます。そのため、従業員と近しい存在である上司によって行われるラインケアは、メンタルヘルス対策に非常に有効な施策であると言えます。ラインケアで得られるメリット徹底したラインケアで従業員が働きやすい職場作りができれば、会社組織としての機能改善にも期待できます。ラインケアを整えることによる具体的なメリットを、企業と従業員に分けて見ていきましょう。企業側が得られる4つのメリットラインケアを実施することで、企業側が得られるメリットは以下の4つです。安全配慮義務の遵守長時間労働など、業務量が影響して従業員がメンタル不調となった場合、企業が安全配慮義務を怠ったと指摘されるリスクがあります。ラインケアを実施することで、早期発見、適切な対応を行うことができ、企業の法令遵守につながります。従業員の生産性向上適切なラインケアが実施されていることで従業員のメンタル不調の早期発見、適切な対応を実現できる他、職場環境の改善にもつながります。そのため、従業員は安心して働くことができ、結果として企業の生産性向上を実現できます。健康経営の促進従業員の良好なメンタルヘルスを実現することは、健康経営実現において重要な要素です。ラインケアを実施することで、企業の健康経営を大きく推進することができます。離職や休職のリスク軽減従業員のメンタルヘルス不調を放置することは、離職や休職につながります。適切なラインケアを実践することで、従業員の不調を早期発見できる他、業務へのモチベーションを高めることができます。従業員側が得られる3つのメリットラインケアの実施で従業員側が得られるメリットは以下の3つです。過度なストレスから解放される相談しやすい上司がいれば、早期にストレスマネジメントを行うことが可能です。ストレスを感じている状況でも、そのストレスの原因を相談できる他、重度の場合でも専門家につないでもらうことができます。業務に対するモチベーションを保てるようになる上司が真摯に話を聞いてくれ、自分の要望が受け入れられていると感じることで、業務に対するモチベーションが高まります。また、働きやすい職場環境では、不安なく働くこともできます。心身の不調や、それによるミスやトラブルを防げるようになるラインケアによるストレスマネジメントが機能していると、従業員はストレスによる不調を回避することができ、結果的にミスやトラブルが少なくなり、生産性が向上します。企業が熟知すべきラインケアを行うための3つの取り組みラインケアを実施するにあたって、企業に求められる取り組みを3つ紹介します。管理監督者へのラインケア研修従業員が相談しやすい環境づくり休業・復帰の支援体制の構築1.管理監督者へのラインケア研修適切なラインケアを実施するためにも、管理監督者に対し、ラインケア研修の受講を促しましょう。ラインケアは単純に部下とコミュニケーションの機会を持つことではありません。従業員が抱える悩みを聞き出すためにも、話しやすい関係性の構築や、話を聞く姿勢、職場の環境整備の方法など、学ぶべきスキルがたくさんあります。メンタルケアはデリケートな問題であるため、知識のない状態で従業員とコミュニケーションを取ると逆効果になってしまう場合もあります。まずは管理する側が必要な知識を得ることが大切です。ラインケアの基礎を確認したい方は、こころの耳で視聴できるeラーニングの動画「15分でわかるラインによるケア」もおすすめです。2.従業員が相談しやすい環境づくりラインケアを実施するために、相談しやすい環境を作りを目指しましょう。たとえば、部下の相談を受ける際には、集中して話せるスペースを確保し、管理監督者は必要な知識やスキルを身につけておきます。なお、上司自身が対応する際には以下の通りです。聞く姿勢を整えて、相手の話を最後まで聞く業務状況の見通しや部下の役割を明確にするできていることを評価する相手の意見や気持ちを聞き出す(解決策に誘導しない)参考:厚生労働省「職場のメンタルヘルスシンポジウム|基調講演「相談しやすい職場環境づくりのために」3.休業・復帰の支援体制の構築労働者の不調の具合によっては、休職が必要になることもあります。休職からの復帰支援は人事労務担当者、産業保健スタッフが連携して行うのが一般的です。従業員が安心して心身を休め、再び復帰できるようあらかじめ休職から復職までの流れや対応を決めておくとよいでしょう。復帰の際には、従業員が無理せず業務に復帰できるよう、「職場復帰支援プラン」を決めておくことも重要です。再びメンタルの不調にならないよう、就業上の配慮やサポートが必要になってきます。詳しくは、「【ポイント4】 休職・復職者への支援」にて後述します。ラインケア実施の4つのポイントラインケアの取り組みをみてきましたが、実施のイメージがわかない方もいるのではないでしょうか。そこで、具体的にどのような行動を取ればよいのか、4つのポイントに分けて解説します。【ポイント1】 現状把握【ポイント2】 ストレス要因の分析【ポイント3】 面談に臨む姿勢【ポイント4】 休職・復職者への支援それぞれ具体的な内容を説明します。【ポイント1】 現状把握ラインケアの目的は部下のメンタルヘルス不調にいち早く気がつくことにあります。そのため、管理監督者は自身の部下や、働いている環境がどのようになっているか、しっかりと現状把握することが大切です。現状を知っていることで、気が付きにくい部下の変化や、原因の特定を行うことができます。具体的には以下のようなポイントに注意しましょう。部下の勤務状況(遅刻、早退、欠勤)に変わりがないか部下の口数やミスの数に変化がないか部署が抱える問題点にどのようなものがあるか部下の労働時間が長すぎないか休憩が適切にとれる状況か特定の従業員に責任が偏っていないか職場に不快な点や危険な点がないか などまた、「メンタルヘルスは心の問題だから、身体的な要因は関係ない」と考えるのは大きな誤解です。メンタルヘルス不調に陥る要因は、身体的・物理的なところからも発生します。そのため、就業場所の物理的な環境も定期的にチェックしておきたいポイントです。ストレスになる具体的な原因としては、以下があります。職場の照明の具合や騒音作業に必要な道具の管理状態他人のタバコの煙適切な室温管理ができていない状況仕事量が過大、もしくは過小な状況仕事量に合わせた作業ペースの調整が困難な状況昇進・昇格の機会や勤務形態への配慮がない、もしくは不明瞭な状況業務の役割や責任が不明瞭な状況職場の人間関係が保たれていない状況職場で意見ができない状況 など【ポイント2】 ストレス要因の分析どのような場合に従業員に精神的な負荷(ストレス)がかかっているのか考えましょう。ストレス要因は、「1.職場の要因」「2.個人の要因」「3.家族や趣味の要因」の3つに分類されます。このうち職場のストレスは、さらに3つの軸である「仕事の要求度」「仕事の自由度」「周囲からの支援」によって左右されます。従業員が業務からストレスを受けている場合、管理監督者は3つの軸(仕事の要求度・仕事の自由度・周囲からの支援)を調節し、高ストレス状態を招かないように事前に対応することが大切です。【ポイント3】 面談に臨む姿勢ラインケアにおいて、部下との面談は非常に重要な要素です。悩みを直接聞き取れる他、いつもの様子と変化がないかをしっかり観察するよい機会です。そのため、管理監督者は部下が話しやすいような姿勢で面談に臨む必要があります。コミュニケーション方法を間違えると、メンタルヘルスケアを目的としているにも関わらず、逆効果となってしまう場合があるので注意が必要です。メンタルヘルスケアでよく聞かれる言葉に「傾聴」があります。傾聴とは耳で情報を取得するだけではなく、話し手の伝えたいことをまず受け入れて共感する、目や身体を使ったコミュニケーション手段です。話を聞くときは、忙しくても部下と向き合い、耳を傾ける姿勢を持つことが大切です。働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」では、以下のように解説しています。上記の姿勢で話を聞けば、日頃から話しやすい信頼関係を構築し、相談しやすい環境作りに役立ちます。ただし、管理者では対応が難しい場合はラインケアの管轄を超え、産業保健スタッフなど専門家の相談窓口につなぐことも大切です。面談姿勢の注意点としては、以下を意識しましょう。部下の話を聞き流したり、途中で遮ったりしない部下の話や行動を受け入れる姿勢を心がける部下の立場に立ったアドバイスを心がける挨拶や労いの言葉をかけて日常的に会話をする部下と情報を共有する部下が発言や相談をしやすい環境を整える など【ポイント4】 休職・復職者への支援従業員の休職中は、人事労務担当者や産業保健スタッフ、上司にあたる管理監督者が連携して支援を行います。具体的な対応・役割分担は以下の記事にまとめているので、ご覧ください。 【文例あり】人事の休職対応とは?連絡の文例・タイミングを詳しく解説管理監督者は、休職者が復帰するときと復帰後のしばらくの間、復帰支援を行います。仕事の量や質を調整しながら、従業員が徐々に職務に適応できるように支援することが大切です。押さえておきたいポイントは以下の3つです。職場環境や本人の適正を考慮して業務内容を決める(原則、元の職場に復帰する)健康状態を考慮して配置し、フォローアップする従業員が通院できるように時間に配慮する参考:厚生労働省「15分でわかるラインによるケア」p.19また、管理監督者は「そもそも、どうして休職したのか」を意識することも従業員の職場復帰を支援するうえで欠かせません。また、復帰した従業員への接し方の具体的な注意点は以下の通りです。待遇やコミュニケーションの面で他の部下と同様に処遇し、特別扱いをしない休職前よりも業務負荷を軽くし、労働時間に見合った仕事量を与える。納期の厳しい作業は避ける。復職者の心理状態には波があるため「良好な状態」「低下した状態」「平均的な状態」に区分して、総合的に回復状況を把握する。順調に回復しているように見える場合でも、3〜6か月後に再燃することを知っておく。長期長時間にわたる定期的な通院が必要な者に対してが多いが、「通院することはよいことだ」と支持する。医師から出されている薬を飲むことに否定的な発言をしない。なお、従業員は復帰してしばらくの間、「自分が周りからどう思われているのか」「病気の再発や悪化」などを心配しています。こうした心の声に寄り添い、職場へ少しずつ適応してもらうには、日頃から部下と信頼関係を築いておくことが大切です。ラインケアでは休職者以外の従業員にも配慮を適切なラインケアを行うためには、休職・復職など手厚いケアが必要な従業員だけではなく、その他の従業員への配慮も忘れてはなりません。復職者に気を遣うあまり、ほかの従業員への負担が増えれば、新たな不調者を出す可能性があります。前述の通り、労働時間や業務内容の調整は健康リスクへの措置として必要ですが、復職者の待遇やコミュニケーションにおいて特別扱いしないことが重要です。また、忘れがちな点ですがラインケアを実施する管理監督者も、従業員の一人です。日本では中間管理職の長時間労働が問題になっています。本人が健康を保てるようにセルフケアを行うことはもちろんですが、経営者や人事労務担当者は中間管理職へのメンタルヘルスケアにも配慮していきましょう。 中間管理職はなぜ辛いのか?人事に求められている支援と対策なお、事業者には、従業員の個人情報を守秘する義務が課せられています(個人情報保護法)。労働者の個人情報には、健康診断結果や診断書などの病気に関わる情報、雇用契約に関わる情報、家族構成など様々な情報が含まれます。ラインケアを実施するにあたり、個人情報の共有・収集が必要な場合は、利用目的を明確にし、利用目的以外の場で使用する場合は、事前に本人の同意を得るようにしてください。こうした健康に関わる個人情報の取り扱いは、社内規定を策定する義務が全事業者に課されています。最後にストレスのケアは従業員個人で対応するだけでは解決が難しい場合が多くあります。また、会社全体の管理では個人個人の不調は見落としてしまう場合もあるものです。そのため、従業員に最も近い管理監督者による職場でのチェック体制である、ラインケアは大きな効果を発揮する可能性があります。ラインケアでは部下の状態に合わせて、以下のように判断を変えていきましょう。管理監督者が対応するべき内容なのか産業医や産業保健スタッフが対応するべき内容なのか管理監督者が産業医や産業保健スタッフへ相談するべき内容なのかただし、上司が産業保健スタッフに相談に行く場合、個人情報保護の観点から、内容によっては部下の同意を得る必要があります。社内のメンタルヘルス対策として、管理職や人事担当者はラインケアの必要性と労働者理解を深め、普段から部下とコミュニケーションを取るように努めていきましょう。