産業医視点の、健康経営を社内に浸透させる組織論 / 健康経営サミットプレイベント

おはようございます、Carelyエバンジェリストの小川です。
本日は2020年12月17日に開催した健康経営サミットプレ開催の様子をご紹介します。この開催レポートでは第一部の「産業医視点の健康経営」をご覧いただけます。
健康経営サミット、とは?
これまで人事、特に労務は「守りの部署」でした。重要な仕事ではあることはみんなが知っているものの、どうしても経営にとって優先度の高い仕事ではありませんでした。
そんな中で「健康」を軸にすれば、人事労務の担当者が経営に参画することができ、組織の課題を根本から解決できる手段として「健康経営」が生まれました。
しかし、健康経営に関するノウハウ・実務のコツはいまだ確立されていません。さらに新型コロナウイルス感染症の流行により、不景気による業績の悪化・人事戦略の方針転換・社員の不安・テレワークをはじめとした働き方の変革が次々と押し寄せてきました。
こうした激変の時代において、守りの部署であった人事労務は健康経営を武器に「攻めの部署」に変わることが求められています。そこで会社と従業員の健康に真正面から向き合ってきたスペシャリストから、健康経営の実務を学べるイベントとして「健康経営サミット」が立ち上がったのです。
産業医と経営者、2つの視点から見る健康経営の実務
ここからは、健康経営サミットプレイベントの第一部の様子をすべてご紹介します。
登壇者
株式会社iCARE:山田洋太
公立久米島病院にて離島医療に従事後、MBAを取得。iCAREを創業し代表と務めると同時に、メンタルヘルス患者2万人以上に携わる。
厚生労働省の検討会において産業医の立場から提言し、2018年からは同省の検討会委員を務める。
産業医として経営者として考える、健康経営の課題は?
健康経営とは、産業医として経営者としての視点から捉えると、「健康と経営を結びつけた新しい組織への介入方法」という位置づけだと考えています。
ただ今の健康経営における課題は、健康だけを切り取って何らかのイベントを開催したり、アプリを導入したりから始めてしまいがちです。こういった健康施策から取り組みはじめてしまうと、単発でおわったり従業員の納得感が得られなかったり。
場合によっては、経営者から「健康経営ってこんなもんなのか?」と思われてしまうので一過性のブームで終わってしまうことが健康経営の課題です。

健康経営を取り組み始めるときに、「経営」という要素がヌケているから起きている問題です。
まずは事業戦略があって、
事業戦略に基づいて人事戦略があり、
人事戦略にひもづいて健康経営があります。
事業戦略にひもづいた健康経営として、一貫性のあるストーリーを導かないと健康経営の取り組みは単発で終わってしまいます。単発でおわってしまうと、どんな費用対効果があるのか?と言われたときに経営者として不要な数値が提出されてくる。
数値で証明できない健康経営は、成功したかどうかを判断することができません。これから取り組み始める企業でも、すでに取り組んでいる企業にとっても重要な問題意識だと思います。

人事が伝えるべき、健康経営の必要性
多くの企業が健康経営に取り組み始めていますが、「なぜ今、健康経営に取り組むべきなのか?」に明確に答えられる経営者・人事は多くありません。
私が考えるに、企業と従業員の距離が遠くなっている時代だからこそ健康経営が求められているのです。
従業員が1つの企業にこだわらなくなってきています。いろんな会社に転職するようになり、副業・兼業も増えてきました。いわゆる帰属意識が薄い、若い人はすぐにやめちゃう、と企業側の問題意識が高まっています。
一方で従業員側の問題意識も変わっています。自分のために会社は何をやってくれたのかな?どれだけ返してくれたのかな?と見返りを求めることが増えてきました。
その背景には、労働人口が減り続けていることや市場自体が不安定になってきていることがあり、これはもう不可避の事態です。だからこそ「企業と従業員の距離をどう近づけていくのか?」が経営者・人事の課題になっています。
課題の解決策として、従業員に投資をする観点から健康経営が有効な手段になりえます。健康経営を通して、企業と従業員の距離が近づいていることを対外的にアピールする。結果的に、採用力が強化され、ブランドイメージがあがる。
以上のような問題意識と解決策を、企業が認識できるようになってきたから健康経営に取り組み始めている企業が増えているのです。

体制づくりの失敗が、健康経営が続かない最大の理由
健康経営がうまくいく場合と、うまくいかない場合で何が違うのか?うまくいかない場合において担当者の声としてよく耳にするのが「体制そのものが作れません」ということです。
つまり、健康経営をはじめよう!と社長を含めて経営陣が言い始めたとしても、健康経営の担当者としては十分な権限が与えられていなかったり、部署横断のプロジェクトを発足しても誰も協力的じゃないというケースです。
そうなると担当者としては何かやっておかないといけなくなるから、社内マラソンや運動会をやろう!となっちゃいます。体制がつくられていないのに健康施策からはじめてしまうと、多くの場合で失敗します。

失敗しやすいケースの2つ目は、健康経営を実施した見返りとしての数値目標が設計されていないこと。
経営者としては、
何をKPIにおいて、
どこがゴールになって、
費用対効果の面でどんなメリットがあったのか。
こういった数値目標を単年ではなく複数年に渡って追っていくことを、経営者としては求めています。
たとえば、さきほどのマラソンイベントの場合。マラソンイベント自体は従業員の健康に資することだと思いますが、数値目標にあげられるのがイベントの参加率や参加者の歩数計の合計だったりします。
このような数値は経営者としては求めていないんですね。
欲しい数値目標とは、マラソンイベントに参加して従業員の満足度がどれくらい高まったか、従業員がイベントのことを家族やSNSでどれくらいアピールしてくれたか(=会社のブランディング)。健康そのものではなく、経営に直結する数値目標を設計すべきなのです。
健康施策と経営戦略を結びつける架け橋となるKPIがなければ、健康経営の取り組みは失敗してしまいます。

健康経営の担当者が、経営者に提案するときに必要な武器は?
人事担当者あるいは健康経営推進者から、どう経営者を説得して動かすのか?まずは経営者が健康経営に期待していることを明確にすることです。
- ブランディングイメージの向上
- 採用力の強化
- 生産性の損失防止
- 新しい事業の中で発生しやすい健康障害への対策
これらの目的を達成するうえで健康がハードルになりますよ、ということを伝えなければいけません。では社長や経営陣を説得する武器はたったひとつです。
データです。
データを収集して分析したうえで、どこに事業成長の阻害要因があるのか、どれくらい従業員の中に健康障害が発生しているのか、潜在的なリスクと顕在的な問題はどれなのか。
データから企業のリスクを明確にして、「今回の健康経営施策は◯◯問題をこれくらい改善するために企画しています」と、データドリブンで話を進めないと経営者は納得できません。
余談ですが、データを用いると予算を取りやすくなります。経営者はデータによって意思決定をするので、複数年に渡ってデータを収集・分析することは予算を投じやすい領域です。

健康経営を推進して経営者を説得するために必要なデータは大きく3つあります。
1つめは、人事情報。
人事のみなさんは様々な切り口で組織を分析しているはずです。たとえば男女比率や年齢分布。組織内で部署ごとの平均年齢を算出して、年齢分布を作っておかないと将来の採用計画はたてられませんよね。他にも雇用形態であったり、障害者雇用や外国人比率も重要な人事情報です。
2つめは、法律で定められた健康情報。
人事としては法律上の義務だから実施している健康管理。ふだんから触れていることが多いはずです。
たとえば、健康診断やストレスチェックの結果であったりとか、労働時間や休職者数といった様々な情報が法律に基づいて収集しなければいけません。そして特別な手間をかけることなく今すぐに扱える情報でもあるのです。
3つめは、+αの従業員情報
人事としてスキルを磨いてきており、その会社の事情に精通している方であれば、+αの情報をアンケートなどを使って収集しているでしょう。あるいは健康経営優良法人を取得している企業では申請時の情報が使えるかもしれません。
しかし、3つめの情報は今すぐに収集することは難しいので、1つめの人事情報と2つめの健康情報を活用することからはじめてみてください。
今すでに手元にある情報を収集して、分析し、提案する。これが経営者へアプローチする王道です。その中で新たな情報が必要だよね、と分かったら3つめの従業員情報を集め始めましょう。
健康経営を推進するプロジェクト運営のコツ
健康経営をはじめよう!の発端が、社長からなのか現場からなのかでプロジェクト運営は変わってきます。
まず社長発信で健康経営に取り組み始めた場合には、すでに社長のコミットは得られているのでプロジェクト運営がポイントになります。具体的には、プロジェクトとして誰にアプローチするか?です。
健康経営を社内に浸透させるプロジェクトの必須条件は、部長クラスをどれだけ巻き込めるか。

部長クラスを巻き込むことは、健康経営以外のプロジェクトでも重要です。
社内や組織に新しいプロジェクトを浸透させるにあたって、よく話題にあがるのはメンバーレベルの現場にどれだけ周知させるか?が言われます。しかし実際に健康経営銘柄を取得している企業の取り組みを分析すると、部長クラスを巻き込むプロジェクト運営ができているのです。
一方で、健康経営の発信が現場からの場合は、まず社長を納得させる必要があります。
コツとしては社長に直接アプローチする前に、社長に影響力のある方を健康経営プロジェクトの仲間に引き入れることです。
残念ながらどれだけ正論をぶつけても、何を言っているか?よりも誰が言っているか?のほうが説得力をもってしまうことは事実です。
健康経営は予算や人員も投資しないと推進しない大きなプロジェクトですから、必ず社長が納得する必要があります。そのため、社長に交渉する実績があるアクティブでエネルギッシュな方から、どれだけ健康経営が事業成長のために必要なのかをアピールしてもらいます。
健康経営プロジェクトのPDCAを回す、具体的な順番
まずはプロジェクトメンバーを集めます。人事や保健師といった健康管理の担当者だけではなく、各部門・部署から全社横断でプロジェクトメンバーに入ってもらうことが重要です。
次に月次で健康経営会議を開催してください。特別な議題があるなしに関わらず、毎月同じ時間に同じメンバーが集まる会議体をもつことです。

健康経営会議で取り上げる議題は「進捗管理」です。プロジェクトメンバーから各部署に対してどれだけ施策が周知されているか?周知された結果どのような反応があったのか?ネガティブな反応があった場合にどんな対策を取るべきなのか?
分断された部門間をつないで情報共有をして、同じ解決策を講じることで健康経営の取り組みは継続されます。
情報共有ができて初めてPDCAを回せます。
プロジェクトメンバーが周知する
→阻害要因を部署を横断して共有する
→解決策を講じる
→あらためて会議でフィードバックする
→プロジェクメンバーが周知する・・・
こうして組織内にアメーバのように健康経営に取り組む従業員を増やしていきます。取り組む人が増えれば必ず課題が発生するので、健康経営会議で解決策を講じる。
その際に、部長クラスを巻き込むことを忘れないでください。
プロジェクトメンバーの中でも選りすぐりの人は、部長やマネージャーだけにアプローチしましょう。部長クラスが納得して健康経営施策に取り組んでいれば、現場の従業員は「私がやってもいいことなんだ」と安心して行動を起こすようになります。
参考にすべき健康経営の取組事例を教えて下さい。
健康経営銘柄やホワイト500を取得されている企業であれば、様々なメディアで取り組みを発表されています。WEBサイトであったり、インタビューを受けていたり。
あえて私が1社取り上げるとすれば、丸井グループさんの健康経営の取り組みは面白いです。

丸井グループでの健康経営がどう興味深いのかと言うと、部長クラスを巻き込んだトップダウンの健康経営だからです。
インタビューや発表事例の表面だけを読むと、健康施策を従業員が笑顔になりながら取り組んでいる姿が映し出されますよね。でも実際には今日お伝えしたような基本がおさえられています。
- 事業戦略の課題を解決する手段としての健康経営
- 経営に直接関係する数値目標
- 人事情報・健康情報を主としたデータの活用
- プロジェクトで部長クラスを巻き込む

メディアに載っていることをそのまま真似するだけではなく、「なぜこの会社は健康経営に取り組んでいるのか?」「どのように最初スタートしたのか?」「どんな失敗があって今に至っているのか?」という疑問をもって取組事例を読み解いていくと新たな気付きが見付かります。
健康経営は、Why?(なぜ)からはじめると成功する
これから健康経営を取り組みはじめる企業でも、すでにはじめているけど苦慮している担当者の方でも、一番大事なポイントは「なぜやるか」を明確に答えられるかどうかです。
なぜ健康経営が企業の課題解決につながるのか?
なぜ今、取り組みはじめる必要があるのか?
なぜ企業として、従業員として、メリットを感じられるのか?
なぜ?を説得力もって伝えるためには、データが欠かせません。
特別なデータを集めはじめる必要はないと思います。すでに手元にある人事情報と健康情報を活用して、健康と経営を結びつける数値目標をいれこんで「なぜやるか?」に答えてみてください。
データですべて語っていく。このあとにある第二部では、具体的なデータの扱い方が紹介されますので、参考にしていただくことが第一歩になります。
健康データで見る、これからの健康経営
第二部では、新型コロナウイルス感染症へ人事が取り組んできた対策と、見直しが迫られた健康経営の計画について、データを用いて解説しました。

健康経営サミットは、見逃し配信として一部動画を視聴いただけます。ご興味がある方は以下のページからお申し込みください。