ストレスチェックの事後措置(高ストレス者対応)は労務トラブルが起きやすい業務のひとつです。特に、産業医や産業保健職によるサポートなしに人事担当者のみでストレスチェックを実施する企業では、良かれと思った対応が法律的にNGであるケースが見られます。このように高ストレス者対応は労務リスクが高い業務である一方で、上手に活用すれば離職・退職を未然に防止できる対応策でもあります。本記事の前半では厚生労働省のストレスチェック指針に基づいた高ストレス者対応の基本を学び、後半では離職・退職防止への有効活用やありがちなトラブルを具体的にご紹介します。すでにストレスチェック実施を経験している人事・総務担当者向けですが、実施者になる産業医・産業保健職の方にも役立つ内容を盛り込んでいます。「高ストレスが理由の退職勧奨」はアリなのか?まずは高ストレス者への対応としてもっとも労務リスクの高いケースを紹介します。ストレスチェックを受検すると、一定の割合の従業員が「高ストレス」であるという判定が表れます。こうした高ストレス者が産業医面談を希望した場合、企業には面談を実施する義務があるのですが、この産業医面談の希望・申し出を理由として従業員にとって不利益になる人事評価や措置をとることは法律で禁止されています。(労働安全衛生法第66条の十の3項)従業員にとって不利益になる取り扱いとは解雇や退職勧奨、配置転換を含みます。また、法律上の禁止事項は高ストレス者が産業医面談を希望するケースのみですが、それ以外のケースにおいても不当な取り扱いを防止するように定められています。厚生労働省によるストレスチェック指針に記載されている具体例を一部紹介しましょう。ケース①就業規則にストレスチェックの受検を義務付けたうえで、ストレスチェックが未受検であることを理由に懲戒処分を行うこと。ケース②高ストレスであるにも関わらず、会社に結果を開示しない・産業医面談を希望しないことを理由に配置転換を命じること。ケース③有期雇用の従業員が産業医面談により休職が必要と判断されたことを理由に、次回の契約更新をしないこと。こうした従業員にとって不利益な取り扱いをしてしまうケースは、ストレスチェックをやりっぱなしで終わらせずに、人事施策として何らかの有効活用しようと工夫する過程で生まれやすくなります。一方で、高ストレス者への対応をしなさすぎることも、労務リスクを高めてしまいます。人事として高ストレス者対応にあたる基本スタンスストレスチェックにおける高ストレス者対応とは、どこまできめ細やかな対応が求められるのでしょうか?労働安全衛生法および先述のストレスチェック指針の観点から、企業に対する3つの目的(義務)を解説しましょう。まず1番目の「セルフケアに気付く機会の提供」はストレスチェックを従業員に受検させる機会を1年に1回もつことで達成できます。より正確に解釈すると、十分に機会を提供するためにも適切な受診勧奨を実施することも含まれます。次に2番目の「早期発見・早期対応」は、ストレスチェックに限らず企業の健康管理(安全配慮義務)として重要な対応です。もしも高ストレス者のうち産業医面談などによってメンタルヘルス不調が認められた従業員がいた場合には、就業制限や配置転換といった措置を講じることが2番目の目的となります。そして3番目の「職場改善」が実はメンタルヘルス不調による休職・離職を防止する上でもっとも重要な目的になります。実は、ストレスチェックの受検によって高ストレス者と判定される従業員のうち、面談を希望する方は10%前後と一握りです。つまり90%の高ストレス者は、企業側からのフォローが届かない「隠れ高ストレス者」状態になっているのです。そのため、高ストレス者への個別対応と合わせて、集団分析による職場改善を併行することで隠れ高ストレス者へのフォローにつながります。このようにストレスチェックの担当者・人事労務としては、高ストレス者へ一律一斉に対応するのではなく、会社の状況や組織体制、従業員の業務内容といった各社ごとに異なる事情に合わせて、高ストレス者へのフォロー方針を定めていくことが求められます。それでは順番に方針の定め方について解説していきます。高ストレス者対応を難しくしている3つの要因高ストレス者対応を難しくしている要因のひとつが、ストレスチェックを実施する担当者の役割が複数に分かれていることです。どの役割が、どういった業務を担当できるかの違いを改めて確認していきます。ストレスチェック実施の義務ストレスチェックは、従業員が50人以上いる事業場において年1回の実施が義務付けられています。ストレスチェックの対象者(法定義務)は常時使用する労働者で、基本的には定期健康診断の対象者と同じです。「常時使用する労働者」とは以下の通りです。1.期間の定めのない労働契約により使用される者(期間の定めのある労働契約により使用される者であって、当該契約の契約期間が1年以上である者並びに契約更新により1年以上使用されることが予定されている者及び1年以上引き続き使用されている者を含む。)であること。2.その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること。労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル上記の両方とも満たす従業員が「常時使用する労働者」であり、常時使用する労働者が事業所内に50人以上いる場合にストレスチェックの実施義務が発生します。そのため、正社員契約ではないパートやアルバイトも上記の条件を満たせばストレスチェック義務の計測対象になりますし、受検対象にもなります。なお、少しややこしいのですが同じ事業場で働く派遣社員も計測対象にはなりますが、受検対象にはなりません。(派遣労働者へのストレスチェックは派遣元に実施義務がある)ストレスチェック制度の対象者について詳しく知りたい方は以下の記事をご参照ください。 ストレスチェックの対象者とは?基本情報と実施する際の注意点5つを紹介ストレスチェック担当者の役割と業務の違いストレスチェックの実施にあたっては、管理者、実施者、実施事務従事者の3名が選任されます。役割の違いのうち注目すべきは「受検票等の個人情報」を取り扱いできるかできないかです。この違いによって、ストレスチェックの業務において、質問票の配布や回収だけでなく、事前の社内フローの策定や、終了後の面接指導の調整や事後措置にどこまで携われるかが異なってきます。大きく異なるポイントは3点です。ストレ スチェック制度導入マニュアル高ストレス者の基準高ストレス者とは、ストレスチェックを受けた人のうち、厚労省のマニュアルで定められた基準を満たす労働者のことを指します。「定められた基準」とは?という疑問を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか?その質問に対する回答として、以下資料が参考になるでしょう。「数値基準に基づいて「高ストレス者」を選定する方法(ストレスチェック制度実施マニュアルの解説)」参考資料では、「合計点数」「素点換算」の2つの方法が解説されていますが、後述する職場改善のための集団分析を重視する場合は「素点換算」をおすすめします。ストレスチェックの設問を見ていただければ分かるように、ストレスチェックの答えは従業員の相対的な感覚によって変わります。そのため、どの会社でもおおよそ10%前後の高ストレス者が判定されるように作られているのです。受検して高ストレスと判定された時点では、本人と実施者・実施事務従事者以外には高ストレス者であることは知らされません。本人より産業医面談の希望(企業への開示同意)があった場合に限り、他の関係者も誰が高ストレス者であるのかを把握できます。また、結果の開示を強制することは禁じられています。ここで高ストレス者対応が難しくなります。つまり、産業医面談を希望する高ストレス者にはフォローができるものの、産業医面談を希望しない高ストレス者には企業側から積極的にフォローができないことになってしまうのです。高ストレス者の面談希望による対応の違い少しややこしくなってきましたので、高ストレス者の面談希望の有無、結果開示の同意の有無による対応の違いを下の表にまとめました。面談はあくまで本人の申出によって行われるものであり、労働者の義務というわけではありません。企業として面談を強制できない一方で、企業には安全配慮義務(=企業や組織が従業員の健康と安全に配慮する義務)があるため、高ストレス者を「本人から申し出がなかった」ことを理由に、放置することはリスクを伴います。面接を希望しなかった高ストレス者が業務を理由に体調不良を訴えた場合、企業は安全配慮義務を問われるのでしょうか?安全配慮義務に違反している、と判断される場合はストレスチェック後の対応だけでなく、勤務態度や労働時間、その他の面談内容など、多くの情報を総合的に考慮します。そのためストレスチェック以外の健康管理が適切に実施されていたかどうかによって判断がわかれます。ストレスチェックについても、「申し出がなかったので、結果も見られず何もアクションをしませんでした」で終わらせずに、下記のような方法でリスクを低減しましょう。面談勧奨した記録を残しておく高ストレス者と判明した時点で、業務起因性(=業務によって高ストレスとなっていないか)をチェックし、その記録を残す産業医(実施者)の意見を聴取し、記録に残す離職・退職を防止する職場改善多くの企業では高ストレス者対応をメンタルヘルスの改善を目的に手厚くする方向にありますが、ストレスチェックは人事における最大の課題である離職・退職を防止することにも有効です。ストレスチェックを人材戦略に活かす集団分析とは特に近年、テレワーク・在宅勤務への移行が進む中で以前にもまして従業員のストレス要因は多様化してきました。健康管理システム「Carely」を運営する株式会社iCAREが実施した調査結果では、2020年以前ではメンタルヘルスに関する相談は「ハラスメント」や「長時間労働」に関する内容が大半を占めていました。しかし、2020年以降の相談では「上司・同僚とのコミュニケーション」、「睡眠障害(眠れない・起きられない)」、「業務へのモチベーション低下」といった内容が増えています。調査結果:Withコロナ期の健康相談を調査しましたつまり、以前と比べて「なぜ従業員がメンタルヘルス不調に陥っているのか?」という原因を把握しづらいために、その対応策についても手をこまねいているというのが、人事・労務をはじめとする企業の健康管理の現場の課題なのです。一方、人材戦略に関わる経営者や部門責任者は人事権を持っているためにストレスチェックの個人結果を閲覧することができません。そこで効果的な手法が、ストレスチェックの集団分析によるストレス要因の把握とストレス要因を解決する職場改善です。集団分析とは、従業員個別のストレスチェック結果を部署や年代といった集団単位で集計することにより、職場内にあるストレス要因を把握する方法であり、ストレスチェック制度においても努力義務となっています。個人の結果ではなく部署・年代・職位などの集団データとして取り扱うため、人事権のある経営者や部門長にも開示することができます。また、部署間で比較したりその年の人事異動と合わせて原因や対策を考えるなど、集団で見ることでアクションにつなげやすいというメリットもあります。それでは、職場改善の例を紹介していきましょう。集団分析による職場改善の例職場全体でグループディスカッションを行ったケースを紹介します。—---------ストレスチェックの結果、特にストレスが高いと判定されたある企業の開発部(約60名)でメンタルヘルス対策に関するグループディスカッションを下記のスケジュールで行いました。開会の挨拶(人事部長) 5分「仕事のストレスと健康」「ストレス調査結果の見方」について(産業医) 15分職場環境改善ヒント集とその使い方(産業医) 20分グループディスカッション・この職場の良い点3つ・この職場で取り上げたい改善点3つ 30分グループ発表 10分総合討議とまとめ 20分改善提案の中には、過大な作業量を見直すことための「ノー残業デーの設置」「週1回は17時過ぎに帰る」といった労働時間に関すること「業務ローテーション」「アウトソーシングできるものの整理」「他社より部品購入」など、開発作業そのものに関する内容や作業の組み立て方に関すること「ファイリング方法の充実」「資料の引き出し方のしやすさ」「机上スペースの確保など」開発作業にかかわる人間工学的な改善提案「昼間の照明の確保」など物理的化学的環境の整備「非喫煙者の休憩場所の確保」「休憩時間にBGMを流す」などの福利厚生面等があげられ、多面的な領域からストレス対策が提案されました。ディスカッション終了後、各部署ごとに、グループ長が責任を持って改善計画シートを提出してもらい、完成したシートは、グループ長、グループ員全員、総務、産業保健職が共有するようにしました。約3ヶ月後には、改善計画の進捗状況について、中間報告を行うことにしました。—---------上記のように時間をかけて改善案を検討する以外にも、管理者研修とグループワークを行いそれぞれの部署に持ち帰ってもらう1グループで改善計画を実施し、うまくいった施策を部署内で展開する高ストレス職場をターゲットに産業保健スタッフが支援を行い、翌年度の集団分析結果を改善するという「結果」を残し”やらされ感”を緩和する等、職場や業務の特性に合わせた形で集団分析結果を生かし、職場改善を実施することができます。起こりがちなトラブルと解決方法ここまで解説してきた高ストレス者対応以外にも、ストレスチェック制度では落とし穴になりやすいトラブルケースがいくつかあります。それらの解決方法と合わせて一気にご紹介します。ケース1:上司が同意なしに個人のストレスチェックの結果を見てしまう勤怠状況が不安定な社員や新入社員などは、つい心配になってストレスチェックの結果や面接結果を閲覧してみたくなるかもしれません。しかし、これらの結果や記録は要配慮個人情報にあたるため、たとえ上司であっても本人の同意なく情報を閲覧することは禁止されています。ストレスチェック前に、まずは社内規定として、結果を閲覧できる人を定め、次に本人が同意しないと結果を閲覧できない機能や、閲覧権限を制限できるシステムを整備すると良いでしょう。ストレスチェック結果を紙で管理している場合は書類の保管場所や施錠についてルールを決める必要があります。ケース2:部門長がストレスチェックの結果を教えてほしいと要求してくる上記のケースと同様に、心配な労働者や部署について、部門長がストレスチェックの結果を閲覧希望する場合があります。本人の同意なく情報を入手することは禁止されていますし、機微な個人情報を取り扱う場合には必要最小限の内容にして、高ストレス者や一定の部門に負のレッテルが貼られないよう注意する必要があります。一方で、ラインケア(上長が部下の異変にいち早く気づき、対応すること)の観点では、部門長も重要な役割を担っていますので、部門長への情報共有はできないものの、部門長からの報告(部下の様子がいつもと違う、勤怠が乱れている等)を受け取って産業医に伝えることが重要です。ケース3:高ストレス者全員に対応しようとする「高ストレス者である=メンタルヘルス不調の可能性があり早急に対応しなければならない」と考え、高ストレス者全員に強制的に面接を組んだり、過干渉気味に面接勧奨を行ってしまう場合があります。どんな調査票を用いても、アプローチすべき対象を全て抽出することは難しく、支援の必要がない人も多く含まれてしまいます。勤怠状況や残業時間など、ストレスチェック以外の情報も組み合わせて、真に対応が必要な社員を見つけ出すことが必要です。そのためには、健康診断や勤怠、これまでの面接状況などを1人の社員に紐付けて表示できるシステムや、条件ごとに抽出できる機能を活用すると良いでしょう。ケース4:高ストレス者を放置してしまう高ストレスと判定されるのは受験者の10%とはいえ、従業員数が多い企業で高ストレス者全員を相手に面接を組んだり、面接勧奨を行うのは骨の折れる作業です。従業員が3000名の企業では高ストレス者が300人、面談・面談勧奨対象が50-60人と考えると、担当者1人が1ヶ月で対応することは難しく、やむを得ず対応が後回しになってしまうことが考えられます。安全配慮義務違反にならないよう、オンラインの日程調整ツールや、回答がない場合に自動でリマインドや関連資料を送付する仕組みを利用するなど、対象者に確実に対応するようにしましょう。ケース5:集団分析を全国平均と比較してしまうストレスチェックにおける「全国平均」は更新されることのない、固定された値です。(平成7~11年度労働省「作業関連疾患の予防に関する研究」によってストレス判定図が開発された際に集計された、全国2.5万人の労働者の調査データから算出された基準値)自分たちの事業場を客観的に捉えるために「全国平均」と比較する場合がありますが、職場ごとの集団分析の結果は業界(事業)や企業規模、従業員の年齢等によって変化するため比較してもあまり意味がありません。集団分析の結果を客観的に捉えたい場合は、自分の事業場の経年変化を追うほか、業界別平均の基準値を算出しているストレスチェックシステムを使用すると良いでしょう。ケース6:リスク要因がわかっても解決策が分からない集団分析結果によって職場の問題点を洗い出すことはとても重要です。しかし、いつでもそれらの問題点にアプローチできるとは限りません。業務そのものの特性があり、容易には変えられないことも多いかと思います。集団分析をやりっぱなしにせず、責任者を決め、メンタルヘルスやストレス対策で行われた取り組み改善事例を参照しながら、改善計画の立案・実施を行う必要があります。(参考:いきいき職場づくりのための参加型職場環境改善の手引き 仕事のストレスを改善する職場環境改善のすすめ方)高ストレス者対応は、法律による原則と企業特性のバランス感覚が大事ストレスチェック制度は個人情報に配慮された制度であるため、企業の健康管理(安全配慮義務)とバランスをとることが難しい業務です。個人情報を気にしすぎたがために、メンタルヘルス不調を見逃してしまう、職場のストレス要因を放置して離職者を出してしまうことは避けたいことです。そのためには、本記事で解説した法律による原則を把握した上で、あなたの会社の特性にあった実施フローや集団分析を工夫することが必要です。あらためて、高ストレス者対応の原則をおさえた離職・退職の防止を整理しておきましょう。ストレスチェックの結果を退職勧奨や不当な配置転換などの人事評価に使わない高ストレス者の個別対応は健康管理のために法令対応を中心に行い、やりすぎない集団分析結果を活用することで、職場環境を改善するストレスチェックのみで社員の状態を完全に把握することは困難です。労働時間や健康診断といった複数の健康データを組み合わせながら、対応の必要性や優先順位を考えることが重要です。これを機会に、社員個人にひもづくデータを網羅的に管理できる体制を作ってみてはいかがでしょうか。