健康診断、ストレスチェック、長時間労働管理など様々な場面で必要な産業医面談。「産業医面談って何を話すの?」「どんな準備が必要なの?」と疑問に感じている人事労務に向けて、産業医面談の概要を法的な観点から解説します。産業医面談対象となる法的な基準や実務の流れに加えて、従業員から聞かれるよくある質問と回答もご紹介します。産業医面談とは産業医面談とは、企業で選任している産業医による従業員への面談(面接指導)のことです。何らかの健康リスクを抱えている従業員に対して、事前に人事労務担当が、健康診断、ストレスチェック、勤怠など対象従業員に関わる健康情報と業務内容や仕事面の課題を共有した上で、従業員と産業医が1対1で話をします。原則として就業時間内に実施され、企業の安全配慮義務の一環という考え方から賃金も発生させることが一般的です。目的とメリット産業医面談の目的は、従業員の健康状況を把握し本人に指導をすること健康問題の原因に関連して企業としての対応に医師として意見することの2点です。産業医面談が疾病の診断や治療のためのものと勘違いしてしまいがちですが、実際は診断や治療は主治医が行います。産業医の役割は、あくまで仕事に関連する部分でどう対応すべきか医学的な立場と職場環境をよく理解した立場として会社に意見することにあります。産業医面談のメリットとしては、人事や上司など非医療職よりも客観的・医学的な視点で従業員に指導できることで、従業員の適切な行動に繋がりやすいことや、従業員にとって不利益な取扱いを予防できることがあります。産業医面談対象となる基準産業医は50名以上の事業場に選任義務がありますが、一般的には毎月1回1時間程度の訪問のため、全ての従業員に対して産業医面談を実施するわけではありません。労働安全衛生法で定められている産業医面談が必要な場合何らかの健康問題が生じていて会社として対応が必要な従業員がいる場合従業員本人が産業医面談を希望する場合の3つのケースで実施されます。前者は健康診断、ストレスチェック、長時間労働者に対する産業医面談があります。後者は、休職者に対する産業医面談、仕事と癌治療の両立支援が必要な従業員への産業医面談などがあります。それぞれ詳しく解説します。健康診断労働安全衛生法による健康診断では、毎年1回定期的に健康診断を実施し、健康診断結果をもとに、今の仕事をそのまま続けて問題ないかを医師に意見聴取をすることが義務付けられており「就業判定」と呼びます。健康診断結果を参考にリスクの高い従業員を選定して、産業医面談を実施することが多いです。健康診断の結果をもとに産業医面談を実施する基準は明確に定められてはいません。多くの企業では、コンセンサス調査の結果をもとに下記の検査項目と基準値で産業医面談の対象者を決めています。収縮期血圧 180 mmHg 以上拡張期血圧 110 mmHg 以上空腹時血糖 200 mg/dL 以上随時血糖 300 mg/dL 以上HbA1c 10% 以上Hb 8 g/dL 以下ALT 200 mg/dl 以上クレアチニン 2.0 mg/dl 以上ストレスチェック労働安全衛生法によるストレスチェックでは、50名以上の事業場について毎年1回ストレスチェックを実施し、高ストレス判定者のうち本人が希望した場合は産業医や医師による面接指導をすることが義務付けられています。高ストレス判定の基準は会社ごとに決めることが可能ですが、厚生労働省が公開している計算方法は「数値基準に基づいて「高ストレス者」を選定する方法」にまとめられています。ストレスチェックについての詳細は以下の記事を参考にしてください。ストレスチェックとは?企業の義務と運用の流れをわかりやすく解説長時間労働労働安全衛生法により毎月80時間を超えて時間外・休日労働をしている従業員に対して、疲労の蓄積が認められ、本人が希望した場合は産業医や医師による面接指導をすることが義務付けられています。法的な基準は月80時間超えですが、45時間、60時間など、より厳しい基準を設けて対応していく企業もあります。一定の残業時間の基準を超えた従業員には、毎月疲労蓄積度チェックリストというアンケートを回答してもらい、疲労の蓄積度合いを確認して、ハイリスク者には産業医面談を実施するような対応が一般的です。休職復職対応休職者の対応でも産業医面談をすることがあります。そもそも休職制度は労働基準法などには定められておらず、企業ごとの就業規則や社内規程でルールが作られています。そのため、産業医面談の一律の実施基準はありません。一般的には、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に基づいて以下の5つのステップで対応し、復職の判断をする際に産業医面談をします。第1ステップ:病気休業開始及び休業中のケア第2ステップ:主治医による職場復帰可能の判断第3ステップ:職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プランの作成第4ステップ:最終的な職場復帰の決定第5ステップ:職場復帰後のフォローアップ心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引きその他その他にも、何らかの健康問題を抱える従業員について、会社から産業医面談を推奨したり、従業員本人が希望して産業医面談を実施することがあります。一律の面談基準等はありません。2020年6月に制定されたパワハラ防止法により、企業には、ハラスメント対策として相談窓口を設置することが義務付けられました。社内のパワハラやセクハラに悩む場合は、中立的な立場で話を聞くことができる産業医を有効活用しましょう。産業面談では何を話す?産業医面談について目的や実施基準はわかるが、実際に何を話しているのかの具体的イメージがついていない方も少なくないでしょう。ここでは、システムエンジニアのAさんに対する長時間労働者への産業医面談の実例をご紹介します。産業医:Aさん、お疲れさまです。産業医の◯◯です。今日は長時間労働面接の対象者になりましたのでお越しいただきました。お忙しいにもかかわらずありがとうございます。先月の残業が多かったようですので、体調の確認をさせていただきたいと思っています。 (面談の理由・目的を最初に説明する)従業員Aさん:こちらこそ、わざわざありがとうございます。でも、体調の確認と言われても、変わりないですし、元気ですよ。産業医:元気であればよいのですが・・・気付かないうちに体は疲れていて、健康を損なっていることもありますからね。一つずつ確認させてください。先月は月の残業が90時間で、ここ数ヶ月は平均して80時間以上の残業時間になっていますが、忙しい業務が続いていたのですか? (客観的な指標で事前に確認)従業員Aさん:そうですね。納期が近くてここ数ヶ月は忙しい毎日でした。産業医:たいへんでしたね。忙しい日は今後も続きそうですか?(就業上の配慮を検討するため、今後の見通しを確認)従業員Aさん:あと1ヶ月は少なくとも。その後もトラブル対応などが少し続きそうです。でも業界的にはこんなの普通ですよ。産業医:そうなんですね。ではいくつか体調確認をさせてください。健康診断の記録を確認しましたが、少し血圧が高いようですが、それ以外に何か既往歴はありますか?(健康診断の結果から、持病や生活習慣病のリスクを確認しておく)従業員Aさん:そうなんです、昔から少し高めで・・・。最近は少し太ったかなぁとも思います。産業医:その他、何か自覚症状はありませんか?従業員Aさん:少し疲れたなと思うことと肩こりがひどくなった気がします。産業医:システムエンジニアの職業柄、肩こりや眼痛、頭痛なども起こりやすいですよね。よく健康相談室にも相談がありますよ。(働き方の特性に合わせて共感する)従業員Aさん:そうなんですよ。みんな最近疲れてて・・・産業医:忙しい中で3食ちゃんととれていますか?また何時頃にとられていますか?(食欲の増減はメンタル不調の前兆や、体重の増加原因かもしれません)従業員Aさん:朝は少しムカムカしてとれないことも・・・。昼はお弁当を作っていて、夜は帰宅後なのでだいたい22時〜23時ごろです。途中でおやつなどの間食をすることもあります。産業医:なるほど。少し夕飯が遅いことも体重が増えてきていることと関係があるかもしれませんね。本当に毎日お疲れさまです。今回、残業が続いてしまった原因ですが、納期が近いということで仕事の量が多いのが主な原因でよかったですか?人間関係や仕事の内容が変わったなど他の要因はありませんか?(長時間労働の原因は複数ありうるので確認します)従業員Aさん:それはないです。人間関係には非常に恵まれています。産業医:それは良かったです。では今回の面談結果では、いますぐに就業制限は必要ないと判断しますが、もし今後体調が悪化するようでしたら、遠慮せずにご相談ください。また、この先も長時間労働が続いた場合、面談が入ると思います。その際は忙しいところ申し訳有りませんが、状況を確認させてください。(面談結果と今後の見通しを伝えておく)『産業医はじめの一歩』より一部引用産業医面談の流れを読んでみていかがだったでしょうか。長時間労働が原因の産業医面談ではありましたが、今の体調の確認をするだけでなく、健康診断や普段の生活状況も確認することで、将来の健康リスクやメンタルヘルス不調の原因が仕事や職場環境の問題がないかを自然な流れで確認しています。産業医面談の実務の流れ次に産業医面談を実際にやる上での人事労務の実務の流れをご紹介します。【1】対象従業員の決定まず対象の従業員を決めます。毎年実施する健康診断、ストレスチェックの結果や、毎月の長時間労働者など、ハイリスク者を抽出して選定します。企業にもよりますが、面談候補者が多い場合は、候補者をリストアップして優先順位づけをして毎月の産業医訪問に合わせて順番に産業医面談をセッティングしていきます。【2】実施日時と場所の決定次に産業医面談の実施日時と場所を決めます。産業医の訪問日時を確認して、衛生委員会など他の業務の時間と調整し対象従業員の日程を抑えましょう。面談の時間は1人あたり5分程度のこともあれば、30分程度しっかり時間をとることもあるので、産業医に相談しながら決めましょう。場所は従業員が安心して話すことができる会議室を用意します。また、最近はリモートでビデオ通話での産業医面談を実施することも増えています。【3】従業員への通知産業医面談の日時が決まったら従業員に通知します。カレンダーに予約を入れる際は、プライバシー設定で他の従業員には何の予定かが見えないように登録しておきましょう。【4】産業医への情報共有産業医面談を実施する前の事前準備として、対象の従業員の健康情報や労働時間など勤務状況について情報共有します。前回までの産業医面談の記録従業員の健康診断結果従業員のストレスチェック結果従業員の直近の残業時間・疲労蓄積度チェックリストの回答結果所属部署の集団分析結果所属部署の直近の残業時間などを用意しましょう。【5】産業医面談実施産業医面談は、従業員と産業医が基本的には1対1で実施します。産業医が会社に来社したらその日の業務内容を確認し、会議室などに案内して、面談を予約していた従業員に順番に来てもらうようにします。【6】面談記録と意見書の保管産業医面談後は、面談の記録と意見書を5年間保管します。意見書とは、産業医が面談結果を踏まえて会社に対して「残業を減らした方がいい」「休職させた方がいい」「配置転換をした方がいい」などの意見を書面で示したものです。【7】事業者としての対応検討最終的に就業制限をかけるか否かや、どのような就業制限をかけるかは、産業医の意見を参考に企業(事業者)が決定します。従業員の個人情報の取り扱いや、不利益な取り扱いが起こらないよう配慮しながら、人事、産業保健スタッフ、上司と連携して対応を決めていきます。産業医面談が拒否されたときの対処産業医面談に対してネガティブなイメージを抱いてしまっている従業員は多くいます。そのため「産業医面談を受けたくない」と感じる従業員も少なくありません。「産業医面談は特別なことではありません。働きやすい職場を創るために必要な業務の一環です。」という会社の雰囲気作りをしていくことが人事労務担当者には求められます。「長時間労働の面接指導の場合」「ストレスチェックの高ストレス者への面接指導の場合」「メンタル不調者への休職関連の産業医面談の場合」の3つに分けて具体的な対処例を紹介します。長時間労働者の場合長時間労働者に対する面接指導の場合、「忙しいから産業医面談を受ける時間をとりたくない」と感じている従業員が多い傾向になります。安全配慮義務の観点として重要なのは、残業時間が毎月基準値を上回るような状態が続いているかと、疲労蓄積度チェックリストの結果で疲労の蓄積が認められるかです。もし毎月残業が多く、疲労の蓄積もある場合は、本人が産業医面談を希望しない理由を確認した上で、忙しさが理由の場合は上司にも相談の上、業務命令として産業医面談を実施することが推奨されます。高ストレス者の場合ストレスチェックで高ストレス判定された従業員が、面接指導を希望しなかった場合、その従業員の残業時間や上司からの評価を確認します。もし、長時間労働者やメンタルヘルス不調が認められる場合は、本人が希望していなくても産業医面談を実施することが望ましいです。高ストレス者の面接指導として産業医面談をすることを拒絶される場合は、別の理由で再度勧奨することもおすすめです。例えば、残業の多い従業員の面談、睡眠や健康に関する状況の確認などの名目で従業員に案内します。休職関連の場合産業医面談を拒否された際の対応で最も難しいのが、法定外の面談で安全配慮義務が問われやすい場合です。例えば、勤怠が乱れていて、遅刻や欠勤を繰り返している従業員への対応です。産業医面談で状況を詳しく確認して、場合によっては休職を検討すべきです。従業員から断られてしまった場合、まずは「来月も遅刻が2回以上あったら、業務命令として産業医面談を受けていただきます」など明確な条件を伝えましょう。その上でも産業医面談の実施を拒む場合は、就業規則の懲戒規定も参照して業務命令を出します。詳しくは以下の記事を参考にしてください。当たり前すぎてコワイ!面接指導拒否への対応ポイント3つ産業医面談についてよくある質問最後に産業医面談についてよくある5つの質問と回答をまとめます。【1】産業医面談の内容を会社は把握できる?産業医面談の内容の全てを会社が把握できるわけではありません。面談の中では、従業員の要配慮個人情報にあたる病名や、職場での人間関係、家庭内での問題など第三者にはなるべく話したくないことも当然含まれます。面談記録や意見書という形で産業医から人事労務担当は面談結果の共有を受けますが、あくまで会社としての対応に関わる部分のみを共有することになり、従業員本人が共有を望まない事項は共有しません。メンタルヘルス不調や健康問題の原因が業務や職場環境に関係する場合には、会社に改善を求める必要があるため、従業員本人の確認をした上で、人事労務や上司、経営者と情報共有し、会社としての対応を検討していくことになります。【2】産業医面談の結果は上司にも報告される?産業医面談の結果は、面談記録と意見書という形で、会社の人事労務、上司、産業保健スタッフ等へ共有されます。しかしながら、上司に共有したくない事項については事前に従業員本人の確認をとって、共有範囲を限定します。必要に応じて、人事等へ共有する面談記録とは別に、産業保健スタッフのみに閲覧範囲を限定した面談記録を作成することもあります。【3】産業医面談はリモートでも実施できる?産業医面談もリモートでも実施できます。感染症対策で在宅勤務が普及したため、対面が原則であった産業医面談も、ビデオ通話を利用してリモートで実施することが増えてきています。ただし、留意事項として以下のようなことが挙げられています。面接指導に用いる情報通信機器が、以下の全ての要件を満たすこと。① 面接指導を行う医師と労働者とが相互に表情、顔色、声、しぐさ等を確認できるものであって、映像と音声の送受信が常時安定しかつ円滑であること。② 情報セキュリティ(外部への情報漏洩の防止や外部からの不正アクセスの防止)が確保されること。③ 労働者が面接指導を受ける際の情報通信機器の操作が、複雑、難解なものでなく、容易に利用できること。面接指導の実施方法等について、以下のいずれの要件も満たすこと。① 情報通信機器を用いた面接指導の実施方法について、衛生委員会等で調査審議を行った上で、事前に労働者に周知していること。② 情報通信機器を用いて実施する場合は、面接指導の内容が第三者に知られることがないような環境を整備するなど、労働者のプライバシーに配慮していること。【4】産業医面談は強制できる?産業医による面談は通常、強制的に実施するものではありません。ただし、企業側に安全配慮義務があるのと同時に、従業員側にも自分が働ける健康状態であることを証明する自己保健義務があります。その意味で、産業医面談を受けることは従業員の義務でもあるので特別に拒否する理由がない限りは、面談を受けてもらいましょう。【5】産業医面談に人事は同席するべき?産業医面談は通常、従業員と産業医が1対1で実施します。人事労務担当や上司は同席しません。自身の悩みや率直な職場環境や上司に対する不満を話したり、人には話しにくい体調の話をすることもあります。もし上司や会社関係者が同席していたら、人事評価にも関わると感じて話しにくくなってしまうため、従業員と産業医が1対1で実施しますまとめ産業医面談は、人事と産業医が連携し従業員の健康管理をするために必要な最も基本となる業務です。この記事が産業医面談の基礎や実際の相談内容、実務の流れについて理解の一助になれば幸いです。健康管理システム「Carely」では、産業医面談の対象となる従業員を自動抽出して、面談予約、面談記録の作成ができる他、健康診断、ストレスチェック、残業時間など産業医に共有が必要な健康情報もデジタルデータで産業医と共有することができます。また、人事労務が閲覧できる面談記録と、産業保健スタッフのみが閲覧できる面談記録をわけて作成することも可能です。